産経新聞2021年11月10日より毎週水曜日掲載されたコラムを文字起こししたものです。
その1
「病気、ママでなくてよかった」
璃花子がどん底で見せた強さ
白血病を乗り越え、この夏の東京五輪に出場した競泳日本代表、池江璃花子(21)=ルネサンス=の母で、幼児教室の代表も務める池江美由紀さん。赤ちゃんはみんな天才的な能力を持って生まれ、それを引き出してあげるのは親の他ないー。そんな思いで子育てに奮闘してきた美由紀さんのコラムを毎週水曜日に掲載します。
「強さ」は、子供に最も身につけさせたい力の一つです。子供の人生には楽しいことばかりではなく、さまざまな困難が待ち受けています。その一つ一つに立ち向かい、乗り越える強い力を親は子供に身につけさせなければなりません。
3人の子供のうち、私に似ている面が多いのが璃花子です。お互い信念が強く、失敗を恐れずポジティブですが、この点が子育てのときは苦労しました。 姉と兄がすんなり受け止めることを、璃花子はできない。それでも親が折れてはいけないという私の信念が、自分を曲げない璃花子とよくぶつかりました。
子供の機嫌が悪いと面倒くさい。泣きわめかれたりすると世間に恥ずかしい。そういった理由で親は正しい基準を変えてはいけません。 璃花子はもともと「強さ」を持って生まれてきま したが、それを引き出し、単なる自己中心的な強さではなく、生きるための正しい強さに育てていくのは、親の務めです。
子供たちに「強さ」を身につけさせるため、多くの挑戦、それも少し難度の高いことにチャレンジさせてきました。例えば璃花子は、通っているスイミングスクールで開催されている水泳大会に、5歳のときから出場させました。それは結果を求めるのではなく、親がかばったり守ったりすることができないところでさまざまな経験をすることが子供を成長させ、強くすると思っていたからです。成功体験は子供に自信をつけ、失敗してもその悔しさ が子供を強くします。
子供の歩いていく道はやさしい道ばかりではありません。歩きやすいように親が砂利や小枝をどけてやったり、先回りして楽な方を教えてやったりばかりはできません。自分で決めたことを決して諦めず、転んだら自ら立ち上がり、真っ暗で孤独なトンネルに入っても出口を探し続け、粘り強く歩き続けられるようにしなければなりません。

璃花子は18歳で白血病を患い、それまでの競技人生で培ってきたものを失いました。入院したときは早期発見ということもあり元気でしたが、薬で全身を痛めつけて病をたたくので、みるみる弱っていきました。そんな中でもある日、「病気になったのがママでなくてよかった」と私に言いました。「なんで私が・・・・.」と思って当然の璃花子の口からその言葉が出たことは、本当に驚きました。私が璃花子の立場なら、年齢だったなら、とても言えなかったと思います。
どんなにつらい困難にも決して腐らず、決して折れず、治る明日を信じて、懸命に生きる姿勢を娘に見ました。それは今までの私の子育てで長年教え、育ててきた「強さ」だったのですが、このような絶体絶命の場で見ることができるとは思いもしませんでした。
池江美由紀(いけえ・みゆき)
東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。
初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。
池江璃花子(いけえ・りかこ)
2000年7月4日生まれ、21歳。
3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。