産経新聞2021年12月22日水曜日に掲載されたコラムを文字起こししたものです。
その7
今をよりよく生きよう
コロナ禍の孤独
2019年に新型コロナウイルス感染症が発生し、私たちの世界は一変しました。20年4、5月は私の幼児教室もお休みになりましたし、璃花子は学校の授業の全てがオンラインとなり、今でも大学にあまり通えていません。やっと病気が治って自由にできるかなと思いましたが、大学生もさまざまな我慢を強いられています。
児童や学生の一年一年はとても大切な成長期です。いろいろな行事や育めるはずだった人間関係の機会も奪われています。本当に不憫でしかたがありません。
感染予防に気を付けて、昨年6月から幼児教室を再開していますが、この1年は入会の方がとても少ないのが現状です。例年0,1歳という赤ちゃんたちの入会が多いのですがコロナが怖くてあまり外に出られないからだと思っています。
乳幼児期は、能力形成に関わるとても大事な時期です。人間の脳は、刺激によって脳細胞がネットワークを作っていきます。豊かな環境や刺激があると、生まれたばかりの赤ちゃんは丸ごと吸収し、質の良い土台となる脳回路を作ります。親御さんの豊かな言葉がけや、たくさんの人たちとのふれあいや刺激、外に出ていろんなものを見たり聞いたり、五感を通して受ける環境が、その後の能力に大きく関わる大切な時期なのです。
それがステイホームで外に出られない、おじいちゃんおばあちゃんも含めたたくさんの人に会えない・・・。人間は群れで育つというのに、子育てするお母さん方はどんなに孤独で苦しんでいるのだろうと心配でなりません。私たち大人はこのような生活が多少続いても 人生の少しの間と我慢できますが、小さい子供たちは将来取り返しのつかない発達の遅れを引き起こす可能性もあることを知っていただきたいと思います。
しかし、嘆いていても仕方がありません。現状の中でいかによりよく生きるか、過去も今も未来もそれしかありません。
今年を振り返ると、璃花子はコロナで1年延期になったことで、今夏の東京五輪に出場することができました。2021年7月3日。五輪開会式をテレビで見て、ちょうど1年前、たった一人で同じ国立競技場に立ち、ランタンを提げていた璃花子の姿を思い出さずにはいられませんでした。

2020年7月23日午後8時1分、東京都新宿区の国立競技場
20年7月の五輪1年前イベントは、アスリートとして出場することはないだろうと思っていた自国開催の五輪に、別の形で携わることができたイベントでもあり、この上なく名誉でした。 国立競技場に立ったとき、あの苦しく孤独な入院生活と同じようにたった一人だけれども、大勢の人に見守られ、すべてのアスリートの代表としてその思いを伝えることができ、そして元気になった今を思うと感慨深い思いでした。
璃花子が復帰してから、東京五輪をはじめほとんどの試合が無観客のため、目の前で泳ぐ姿をまだ見ていません。一人一人の努力で早く元の世の中になり、子供たちは成長の場を取り戻し、私はまた水泳場で多くの方々と璃花子を応援したいと願っています。

第3泳者を務め8位入賞に貢献した
池江美由紀(いけえ・みゆき)
東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。
初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。
池江璃花子(いけえ・りかこ)
2000年7月4日生まれ、21歳。
3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。