産経新聞2022年2月16日水曜日に掲載されたコラムを文字起こししたものです。
その13
役立つことが自然にできる
ご褒美としてのお手伝い
北京五輪が開催されています。 選手にとって五輪は特別な大会です。幼い頃からスポーツの楽しさを知ると、いつかは五輪選手になりたいと夢を持ちます。選手は純粋に五輪での栄光を勝ち取るために練習を重ね、情熱を傾け、したいことも我慢しています。そんな選手たちを心から応援したいと思います。
昔、あるスポーツ選手が圧倒的な強さを見せ、五輪でも連続で金メダルを取っていました。そのような素晴らしい功績の源をその選手は「子供の頃、欠かさず家の手伝いをしていたから」と答えたそうです。わが家でも子供たちにはお手伝いをさせていたので、とてもうれしく思いました。
わが家のお手伝いは9つありました。子供が3人だったので、1人3つずつ、定期的に担当を代えていました。 お風呂掃除、洗濯物たたみ、お皿洗い、玄関の掃除、トイレの掃除・・・・・。仕事が終わって慌てて夕食の支度をしている私の傍らで、子供たちは宿題をしたり、明日の用意をしたり、そして決められたお手伝いもこなしていました。
子供のお手伝いというと、多くの親御さんは食べた後のお皿を台所に持っていくというような、自分の ことを自分ですることをさせているように思います。しかし、わが家のお手伝いとは、担当者がやらないと生活が回らず、みんなが困ってしまうことでした。お風呂掃除の当番がさぼれば、毎日同じお湯に入ることになり、しまいにはお風呂自体にも入れなくなります。洗濯物たたみ当番がたたんでくれなければ、リビングに洗濯物がいつまでも山のようになっていることになります。
決められた当番をしっかり責任をもってこなすことで、家庭という共同生活が円滑に回ります。璃花子も年少の頃から姉と兄と同じようにお手伝いを始め、「あなたは何でもできるようになったから、お姉ちゃんやお兄ちゃんと同じようにさせてあげるね」と言ってあげると、喜々としていました。水泳の練習に行く前に友達を家に呼んで、お風呂掃除が遊びになっていたこともありました。
わが家にとってお手伝いとは、あなたにはその能力があるからさせてあげるというご褒美でした。子供は大人のまねをして育ちますが、すべてが大人と同じようにこなせるわけではありません。はじめは教えたり、一緒にしたりすることで、できる喜びを味わいます。まだ上手にできなくても任せてやることで、大人に認められた喜びと責任を持って、やり抜く自信を得ることができます。そして、自分がしたことが周りの人間を支え、人に役立つということをいとわない精神を育てることができると思います。
数年前、武者修行で璃花子と先輩選手2人が海外合宿に行ったことがありました。コンドミニアムに宿泊し、親も世話をするために前半後半と交代で海を渡りました。後日、先輩選手のお母さんから「璃花子は食事を作っていると必ず、『何か手伝えることはありませんか』と聞いてくるのよ。いい子ねぇ、大好きよ」と言われたことがありました。どんな選手になっても当たり前のことがいつでもできるのは、小さい頃から続けてきたお手伝いのおかげではないかと思います。

この頃に は、毎日のお手伝いが当たり前だった。
池江美由紀(いけえ・みゆき)
東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。
初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。
池江璃花子(いけえ・りかこ)
2000年7月4日生まれ、21歳。
3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。