産経新聞2022年2月23日水曜日に掲載されたコラムを文字起こししたものです。
その14
プールで学んだ「必要なこと」
集中して聞く力とイメージ力
璃花子は3歳で姉と兄の通っているスイミングクラブに入会しました。4歳のときには4泳法に合格し、5歳のときには全種目の50メートルを泳ぎ、6歳で100メートル個人メドレーを泳げるようになっていました。
璃花子が6歳になった9月、クラスは違いましたが姉と兄のいる選手コースに入れていただきました。そこでは毎月末にレース形式の記録会があり、入ってすぐの回は200メートル個人メドレーで、璃花子も泳がなければなりませんでした。50メートルのバタフライを泳ぐのもやっとこさなのに、そのあとの背泳ぎ、平泳ぎ、自由形も続けて泳がなければなりません。 あまりに苦しそうで、私は見ていてかわいそうで涙ぐみました。時間も5分以上かかりダントツのビリでしたが、2カ月後の同種目では、練習のかいもあって1分以上、記録を縮めました。
なぜ、こんなに早く上達し進級していけたのかは、運動能力がそれなりに高かったこともありますが、私 の幼児教室で学んだものがあると思います。赤ちゃんのときからやるとき(学ぶとき)はやる、遊ぶときは遊ぶ。小さい子供だからといって、いつでも本人のやりたいことを優先させたりはしませんでした。
私の教室では0、1歳の子でもレッスンのときは椅子に座って人の話を聞くという指導を徹底していま す。 璃花子は幼いころから人の話を集中力を持ってきちんと聞く力がついていました。 もう一つはイメージ力です。 レッスンの中ではイメージ遊びの時間があり、毎回いろいろなところに出掛けたり、何かを作ったり、それこそ水泳などの体を動かすイメージトレーニングをしたりしていました。見たこと、聞いたことをイメージしながら水中で体を動かす力が備わっていたのだと思います。
選手コースには同年代の子も大勢おり、日常でもよく遊んでいました。姉も兄もいるので年上の友達もたくさんいました。あるとき、よくお家に遊びに行く璃花子の水泳の友達のお母さんに「璃花子ちゃんのこと、うちの家族はみんな大好きよ。だってあんなに速いのにぜんぜん自慢したりしないんだもの」と言われたことがありました。外でのそのような璃花子の様子を初めて聞き、その心を本人に尋ねてみました。
「だって自慢したら皆に 嫌われるでしょう」
私には水泳で活躍することよりも、人と良好な関係を自ら考えていることの方が、よほどうれしく思いま した。必要なことはほとんどプールで学んだといっても過言ではありません。
小学3年になると、夏、春に行われるジュニアの全国大会「JOCジュニアオリンピックカップ(J O)」に出場できるようになりました。 JOで初めて入賞したのは9歳の春、50メートルバタフライでした。10歳以下の部なので、体力で劣る9歳の子が決勝に進出するとは夢にも思っていませんでした。 その日は応援に行かず、仕事(教室でレッスン)をしていましたが 「決勝に残ったよ」の知らせが入り、ちょうど小学生クラスが終わった後だったので、生徒さんやその親御さんを連れてぞろぞろと応援に行きました。
案の定、決勝進出者8人のうち9歳は璃花子だけでした。 璃花子はひときわ小さく痩せていました。出ているだけでとても誇らしかったですが、そのレースで3位になり仰天しました。今思えば、このときから璃花子の本番力が発揮され、驚かされる日々が始まったのです。

相手を思いやる心が芽生え、良好な友人関係も築いた
池江美由紀(いけえ・みゆき)
東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。
初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。
池江璃花子(いけえ・りかこ)
2000年7月4日生まれ、21歳。
3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。