池江流子育て『どんな人から生まれても』

産経新聞2022年3月16日水曜日に掲載されたコラムを文字起こししたものです。

その17

ご褒美の目標は高く設定

「条件」は途中で変えないように

子供にご褒美をあげることは、どのご家庭にもあると思います。○○ができたら○○を買ってあげるというようなものです。

璃花子が初めて新記録を出したのは、中学1年のジュニアオリンピック (25mプール)。50mと100mの自由形で、中学記録でした。璃花子の世代は中学記録を更新するような子が多く、唯一の水泳専門雑誌 「スイミングマガジン」に中学生クインテット (5人組)と特集を組まれたこともありました。

しかし、所詮は中学生の記録。高校生や大学生、社会人の日本代表の方のタイムにはまだまだ届きませんでした。 それでも、インターナショナルタイムという無差別の世界基準の記録さえ出せれば、日本代表のような方たちと練習ができたり、合宿ができたりする仕組みが競泳にはありました。

「このタイム (インターナショナルタイム)が出せたらご褒美をあげる」。この頃、璃花子とはよくこういった約束をしていました。それは途方もなく高い記録なので、出せなくて当たり前。ご褒美もできればいろいろな意味で買ってやりたくないけど、それほどすごいことをやってのけたならまあいいか、というようなものでした。

中学2年の頃、インターナショナルタイムを切ったご褒美を、携帯電話にしました。以前から欲しがっていたけど、買ってやらなかったものです。その時の大会のプールは条件が悪く、めったにいい記録は出ません。私はたかをくくって、携帯電話を買ってやることはないだろうと思っていました。

ところがいざレースが始まると、璃花子は50mと200mの自由形でインターナショナルタイムを突破。自身が持つ中学記録も大きく更新してしまい、あの時はあぜんとしました。璃花子は泳ぎ終わってプールの中で泣いていたので、周りはすごいタイムを出したからだと思ったでしょう。しかしあれは間違いなく携帯電話を買ってもらえるうれし泣きでした。

中学3年で迎えた日本選手権は、世界選手権の選考会を兼ねていました。その時のご褒美は「しまむらの洋服買い放題」。途中で本人が「ユニクロにして」と言いましたが、却下しました。 なんとか世界選手権の切符を手に入れて買い物に行きましたが、どんなに買っても、そこまで高い買い物にはならなかったように思います。

このように、ご褒美をあげる目標はできるだけ高く設定し、駄目でもよくても、親にあまり都合の悪いことはないようなものにするといいと思います。そして子供にねだられたからといって、条件を途中で変えることはよくありません。

先日「中学生クインテッ ト」のうちの1人が大学4年生で引退しました。同じ系列クラブで同じ種目でしたので、中学記録を抜いたり抜かれたり、仲よくしているのかと思えば、けんかをしているようだったり と、長い間トップアスリートの苦楽をともにした仲でした。 璃花子が白血病から復活したときも、サプライズの誕生日会を企画。応援のビデオメッセージも作ってくれたり、私も璃花子も彼女には感謝の念でいっぱいです。

引退後、彼女のお母さんとお会いする機会がありました。子供のおかげで楽しい時間をたくさん過ごせましたし、応援でいろいろなところにも行けました。たくさんの親御さんのお友達ができ、お世話になった方々の人脈もたくさんできたと話に花が咲きました。子育ては大変なこともありますが、そのおかげで経験できること、得られることもたくさんあります。

昨年の競泳日本学生選手権女子400元リレーで優勝した日大の
(左から)山本茉由佳、小堀倭加、池江 璃花子、持田早智。
中学時代から切磋琢磨(せっさ たくま)してきた仲間も、今は大学生になった

池江美由紀(いけえ・みゆき)

東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。

初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。

池江璃花子(いけえ・りかこ)

2000年7月4日生まれ、21歳。

3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。

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