産経新聞2022年3月16日水曜日に掲載されたコラムを文字起こししたものです。
その18
「挑戦」の貴重な機会を
たとえ失敗してもたくさんの学び
家庭で心掛けていた子育ての秘訣のひとつに、「挑戦」があります。人間は、たくさんの刺激を受けて成長していくものです。子供が現状よりもさらに上を目指し、努力する姿勢を身につけるには、「挑戦」の機会を持たせることがいいと思います。
親は、子供にさまざまなことに積極的にチャレンジしてほしいと思う半面、「失敗したらかわいそう」と、まだ完璧にできないことをやらせようとしないと「ころもあります。
例えば私の教室では、レッスンの最後に暗唱や歌など、できるようになったことを発表する時間があります。 その際、まだ完璧にできないからと、子供が前に出ようとするのを親が止めてしまうことがあります。しかし、たとえ完璧にできなくても、学ぶことはたくさんあります。人前で注目を浴びる経験はとても貴重ですし、頑張ってよかったという達成感や称賛、反対にもう少し努力をすればよかったという反省も学べます。
そのような機会をどんどん子供には経験させるべきだと思います。私は「間違ってもいいから、失敗しても大丈夫だから、手をあげてごらん」と子供に言って育ててきました。子供が聞きたいことを、親が代弁することもありませんでした。 外でトイレに行きたくなったとき、必ず行きたいと言った本人にお店の人などに「トイレはどこですか」と聞かせました。もちろん、教えていただいたお礼もセットです。
回転ずしでも食べたいものは自分で頼ませていました。最近では液晶画面に注文を入れると自動でおすしが席まで運ばれてきますが、璃花子たちが小さい頃は、流れていないおすしは板前さんに頼まなければ食べられませんでした。「納豆巻きください!」「さび抜きのサーモン2つください!」など、子供自身が頼んでいました。 こんなことも小さな挑戦ではないでしょうか。
水泳の大会でもそうです。5歳から大会に出始めた璃花子には、大会で記録を出すというよりも、いつもと違う環境の中でどう自分の身を置いたらいいのか、感じることがとてもいい経験だと考えていました。 子供を心配して「どうする? 出てみる?」というような聞き方はしません。「出ない」と言われれば、貴重な機会を失ってしまいます。ですからそのような場面では「今度大会に出るよ。楽しいみたいだから頑張ろうね」という風に 「声をかけていました。何でもかんでも子供に聞く必要はないと思います。どんな経験になったとしても、やってみることに勝るものはありません。挑戦した勇気や、不安を乗り越えた努力を褒めたたえて、よい挑戦にしてあげればいいのです。
成人になったわが子たちを見ると、その成果が十分に出ていると思います。親の私がもうちょっと親を頼りにしてもいいのに、と思うようなときでも、ずんずん突き進んでいきます。
子供はいつか必ず親離れしますし、またそうなってくれなければ困ります。そのためにはまず、親自身が上手に子離れできるよう、自分の生き方に輝きを持つことが大切です。そのためには私たち親も、残りの長い人生で挑戦を忘れないようにしたいものです。

アトラクションに挑戦する池江璃花子選手。
どんなことも前向きに挑んできた
池江美由紀(いけえ・みゆき)
東京都出身。3人(長女、長男、次女)の子育てをしながら、1995年から幼児教室を経営。次女が小学校に上がる前に離婚し、ひとり親で3人を育てる。東京経営短期大学こども教育学科特別講師。
初の著書『あきらめ ない「強い心」をもつために』(アスコム)刊行。
池江璃花子(いけえ・りかこ)
2000年7月4日生まれ、21歳。
3歳で水泳を始めた。2016年リオデジャネイロ五輪は100mバタフライ5位。100、200m自由形と50、100mバタフライの日本記録保持者。 19年2月に白血病と診断された。日大、ルネサンス所属。